元明天皇のエンディング・ノート |
よく知る町のはずが何も知らなかった、新しい発見いっぱいの奈良北町
エンディング・ノートを考える年齢になった
人生の終末期に、死に備えて自身の希望を書き留めておくノート
病気になったときの延命措置、葬儀に対する希望など
私の場合は、二人の娘に、ご先祖さまと私たち夫婦のお墓を
どうなくして行くかが気になる (維持ではない)
奈良豆比古神社を訪れて、そのヒントを見つけた
社殿、奈良豆比古(ズヒコ)神社石碑、万葉樹児手柏(コノテガシワ)、ヤブミョウガ
奈良時代を開いた元明天皇(養老5年、721年12月7日没、61歳)の詔から
続日本紀 巻第八 (西暦721年)
10.13 《朕は万物の命には必ず死があると聞いている。
これはすなわち天地の道理である、どうして悲しむべきであろうか。
葬儀を盛大にして人々の生業を破壊し
服喪を重んじて人々を苦しめることを望まない。
朕が崩じた後は佐保山に竈(カマド)を築いていて火葬し、その地を墓にせよ。
謚号(オクリナ)を簡素に。》
10.16 《葬儀には平常どおり仕事をするように。
皇親や官人は職務を離れて葬儀の車に付添ってはならない。》
12.6 太上天皇(元明)は重態になった。
天下に大赦して、諸寺に経典を典読させた。
12.13 太上天皇を平城山の陵に葬った。
天皇の遺言によって葬儀は行われなかった。
元明天皇の陵墓は、長い間土に埋もれて見つからなかった
ところが畑から、元明天皇の陵碑の箱石が見つかり
太上天皇陵 是其所也 養老5年12月13日 と書かれていた 箱石の拓本
奈良豆比古神社の資料館に奈良坂町の古文書、古地図など展示
其の地に元明天皇陵が築かれた 資料館古絵図
資料館の説明をしてくださったボランティアの方の説明が素晴らしかった
ところで奈良豆比古神社
光仁天皇の父の志貴皇子が隠居していた地で、志貴皇子を祀る
「石ばしる 垂水の上の さわらびの 萌え出づる春に なりにけるかも」
皆に愛される万葉集の秀歌
天然記念物 樹齢千年余りの樟の巨樹(樹高30m) 樹下の傘の人と比べて!!
元明天皇の御陵のお隣に見つかった元明の娘、元正天皇の陵墓
元明天皇御陵の写真が見つからないので、代わりに
続日本紀 巻第八
《養老五年(七二一)十月丁亥【十三】》○丁亥。太上天皇召入右大臣従二位長屋王。参議従三位藤原朝臣房前。詔曰。朕聞。万物之生。靡不有死。此則天地之理。奚可哀悲。厚葬破業。重服傷生。朕甚不取焉。朕崩之後。宜於大和国添上郡蔵宝山雍良岑造竈火葬。莫改他処。謚号称其国其郡朝庭馭宇天皇。流伝後世。又皇帝摂断万機。一同平日。王侯・卿相及文武百官。不得輙離職掌。追従喪車。各守本司視事如恒。其近侍官并五衛府。務加厳警。周衛伺候。以備不虞。
《養老五年(七二一)十月庚寅【十六】》○庚寅。太上天皇又詔曰。喪事所須。一事以上。准依前勅。勿致闕失。其轜車・霊駕之具。不得刻鏤金玉。絵飾丹青。素薄是用。卑謙是順。仍丘体無鑿。就山作竈。芟棘開場。即為喪処。又其地者。皆殖常葉之樹。即立刻字之碑。
《養老五年(七二一)十二月戊寅【癸酉朔六】》○十二月戊寅。太上天皇弥留。大赦天下。令都下諸寺転経焉。
《養老五年(七二一)十二月乙酉【十三】》○乙酉。太上天皇葬於大倭国添上郡椎山陵。不用喪儀。由遺詔也。
今生きる私たちと同じ気持ちをもっていた天皇
周りの人たちをいましめ、人民を気遣う一人の女性
に出会って、とても身近に感じたことでした
ボランティアの説明を予約してくださった歩く会の幹事さんに感謝です!!
元明天皇のエンディングノート・・
いつの時代も真実は変わりませんね。
樹齢千年余りの樟の巨樹にも驚きました。
樹齢千年ですかぁー!
と言っても、墓もいらないし。
気を使うこともなさそうなので
気楽そのものです。
ははは
音楽が残ってくれたら・・・・
なんてことも望みません。
後に残った家族が気を使うでしょうから。
お元気で。
今日もスマイル
真実が伝わってきます。
このように葬儀をせず
竈に埋めたお墓は
行方不明になっていたのですが
陵墓の石碑が見つかったおかげで
今は立派な御陵になっています。
遺言は無視されて・・・・
万物の命には必ず死があると聞いている。
これはすなわち天地の道理である、どうして悲しむべきであろうか。
と死を前にして遺言された元明天皇。
でも陵墓の箱石が見つかって
今は立派なお墓になってご近所にあります。
元明天皇、何という方でしょうか。
上に立つという人はこうでなくては、、と思いつつ
(いえ、どこぞの国のどなたと比べている訳では。。汗)
それはともかく?私も来し方、行く末を思えば
そういう事は考えておかねばと最近とみに思うようになりました。
最近、伴奏している歌の歌詞に
「いつかは誰でも この星に さよならを
する時が来るけれど いのちは 継がれてゆく」
というのがあります。
ここに凄く共感するので、、良い話を感謝です♪
子に孫に
でも子どもがいなくても
生涯に接した人たちを通して
命は受け継がれていくと思います。
思い出しました。
加藤登紀子さんのご主人がよく聴いておられたという
千と千尋の歌
さよならのときの 静かな胸
ゼロになる体が 耳を済ませる
生きている不思議 死んでいく不思議
花も風も街も みんな同じ